France 2
パリ、ジベルニー、南仏へジャンプ♪
珍しいものを観に、パリに行く事になった。大学3年生の10月、ロンドンで大変お世話になっていたマユミさんから『パリに一緒に行かない?』と電話。話を聞いたところ、なんとYAOHAN(当時はまだ、倒産前で健在)の『ユーロスターで行く大相撲パリ公演の旅』に抽選で当たったとの事!ペアチケットを当て、2泊3日の無料パリ旅行に、誘ってくれたのだ。まだ開通したばかりの初めてのユーロスターに乗り、Waterloo駅から3時間、ユーロ・トンネルを通過して、パリの北駅へ。飛行機は1時間弱で着くけれど、ロンドン、パリのどちらも空港が郊外にあるので移動に時間が掛かる。それにチェックインの時間も考えると、断然このユーロスターでの旅の方が楽♪海を越えるとイギリス、フランスの景色が同じ田舎の田園風景でも、全く違う。のどかさは一緒だけど、イギリスはイギリスの、フランスはフランスの空気が漂う。
さて、大相撲パリ公演、1995年の10月にパリの武道館の様な所で行われたのだが、シラク大統領が就任直後、タヒチでの核実験をやる、やらないで大もめしていた時期とぶつかる。シラク大統領が大の相撲好きとかで、核実験に反対する人々が、公演中止を求めて色々あったらしい。ま、でも無事、開催される事に。お相撲さんにとっても公演と言う名の、半分旅行気分なのだろう。昼間、パリの街を歩いていると、そこかしこにお相撲さんが点在。あの体型だから余計目立つのだけど、ヴィトンやエルメスなんかの高級ブランド店も、有名力士達が店内の面積を取りつつ、ショッピング。夜の公演で土俵の上に本来の姿で登場する力士にも、『あ、今日あの美術館に居た人と、ブランド品買い漁っていた人だ!』と、何だか親近感が沸いた。
当時は、まだ若貴兄弟は勿論、小錦や曙達もバリバリの現役で大相撲の黄金時代。32名の力士で、トーナメント戦で、その日の優勝者を出す形式。ここはフランス?って思う程、国技館並みに本格的なセッティングがされ、面白かった。観戦途中、お茶と幕の内弁当が配られたのも、何だか嬉しい思い出♪この日の、ファイナルに残ったのは、大人気の貴乃花と若乃花。夢の兄弟対決と言う事で、会場は人種の隔たり無く、大変な盛り上がり様だった。貴乃花が制して、閉幕。
さて、相撲以外の自由時間、パリでアンティークを探しに行こうと蚤の市へ。メトロで向かった先はパリ最大の蚤の市、クリニャンクール。とにかくデカイ!!歩いても歩いても蚤の市。当時は、好きではあったものの、まだハマってはいなかったアンティーク。(この半年後には狂ったようなアンティークマニアになるとは予想もせず・・・)マユミさんが大のフランスアンティーク好きと言うことで、目利きの彼女にチョコチョコ付いて歩いた。雰囲気的には、ロンドンのカムデンタウンを、更に汚く大きくした感じ。高級アンティーク店みたいにちゃんとした豪華な建物を構えている訳ではないので、へ?って程のゴミの山のお店が建ち並んでいた。9.5割、いや9.8割はゴミだったり、ボロ、中古を売っている(と言うより半分捨ててある)露店やブース。ま、この中に1つ位は超掘り出し物お宝が眠っていたりするのだろうけど・・・。何千件もの店の中に、お宝と呼べる品がちゃんと揃っているのは、わずか4,5軒だった。そういった店だと今度は掘り出し物は無く、信用は出来るが値段は物凄く高い。さすがのマユミさんも手が出ず、2人で美術品を美術館のように見て楽しんだ。さすがフランスだけあって、19世紀のラリックやドーム、バカラ等のアンティークグラスやジュモーが充実。いい目の保養が出来た。中古とかではなく、新品の雑貨や洋服を取り扱っているブースでは過去の植民地の影響かアフリカの物がとても多かった。イギリスではインド系のものが、やはり多いので、それらの雰囲気の違いもまた、新鮮だった。
帰りもユーロスターにてロンドンへ。電車とは言え、国境越えをするので、途中怖い顔をした入国審査の係員が車内をまわる。イギリスは島国故か、物凄く入国審査が厳しい事で有名。でも、去る者は後を追わず、出国審査は極めていい加減でスタンプすら押さない。一方フランス側は大丈夫か?と心配になるほど入国も出国も超簡単。スタンプは勿論、酷い時はパスポートチェックすら入念でない。フランスからの帰り、2人の審査官が、順番に回ってくる。パスポートも有るし、ビザもちゃんと先まで取れているので、何の心配も無いのだが、怖い顔でどこの学校で何してて、後何年居るつもりだ等、質問攻めにあう。悪い事をしてないのにドキドキしてしまう瞬間。
その後、暑〜い真夏のフランスに、再びユーロスターで行った事がある。今度はパリでもなく、南仏でもなく、モン・サン・ミッシェルに行きたかったからだ。交通機関が非常に不便なので、パリからバスツアーに参加。憧れのシンデレラ城のような世界遺産にワクワクした。何時間揺られただろう?バスだとげっそりする程、遠かった。まだ〜??と窓から外の景色を眺めているうちに、テンと独特な形をした島が見えてきた。あっ、あれだ!と、すぐイメージと一致。広大なとうもろこし畑の向こうに、それは上品にたたずんでいた。モン・サン・ミッシェルに辿り着く前に、名物レストランにてランチ。ここの名物はモン・サン・ミッシェルの周りで放牧されている羊。海水をたっぷり含んだ牧草を食べて育つので、もともと塩味が効いているとか。ホントかなぁ??物によってはラムが食べられない私だけれど、ここのお料理は臭みも無く美味しかった。
お腹も一杯になった後は、いよいよ美しの島へ。干潟の中に真っ直ぐ延びる堤防を島までバスで走る。車はそこまで。後は歩きで土産物やレストランがぎっしりと並ぶ目抜き通り、グラン・リュを通って修道院へ坂道を登る。この海に囲まれた修道院の建つ岩山、潮差が非常に大きく、最高時、18kmも潮が引き、そしてその後に毎秒1mの猛スピードで満ちてくるそう。潮にのまれて命を落とすべからずの立て札が印象的。今現在は堤防が作られたため大きな満ち引きも見られなくなったそうだが、昔はかなりの人が命を落としたとか。個人的には堤防が無いほうが風情があって好みなのだけど・・・。
この全国から巡礼者が古くから訪れた聖地は、708年、大天使サンミッシェルが司教聖オベールの前に現れ、お告げを下した事から始まる。小さな礼拝堂が建てられ、その後中世の伝統的装飾、ロマネスク様式、ゴシック様式等の幾つもの様式による建立を重ね現在の姿となる。やっと完成を見た時には16世紀を迎えていた。中でも127本の“西洋の驚異”と言われるこの修道院の三層建築、中も見応えたっぷり。彫刻の施された石柱が並ぶ回廊はテラスからの輝“驚異中の驚異”と呼ばれ、非常に美しい空間。勿論、坂と石段を息を切らせて登った分、く360度の海の眺めも最高。塔の突端を見上げれば大天使サンミッシェルが祀られ、信者でなくても敬虔な気持ちになってしまう。聖堂や僧院食堂等、そのまま保存されている。やはりイギリス版より本格的だ。(こちらは堤防等無く自然のままなのがポイントだけど・・・)
帰りに、行きに上って来たグラン・リュをゆっくり。グラン・リュとは大通りという意味だが、実際は観光客ウヨウヨの狭〜い登り坂。歴史博物館、海洋歴史博物館、考古学館等もあるのでゆっくり勉強なんてのもいいだろう。ここの名物と言えば、オムレツとギャレット。どちらも、ラ・メール・プーラール(La Mere Poulard)が有名で、オムレツは凄まじいボリューム。実は私、オムレツ嫌いなので食べなかったけれど炭で焼かれた巨大オムレツは大人気。もう1つの名物ギャレットは厚〜いサクサクのビスケット。違うブランドが多いけれど、最近、日本でも大分見掛けるようになって来た。かなり甘いのでダイエット中の方には痛いお菓子。でもバターの香りが口中に広がり幸せなお菓子。きっと凄まじいカロリーでしょうね。私は、これを食べ始めるとストップが効きません。。。
遊んだ後、再びバスにてパリへ。帰りに渋滞に巻き込まれ、再びゲッソリ。とても楽しいモン・サン・ミッシェル観光だったけれど、これから行かれる方にはゆっくり行かれる事をお勧めしたい。今思えば、レンタカー等でゆっくり周辺もドライブして夕日や日の出時のモン・サン・ミッシェルも拝みたかったなぁと悔やまれる。その後はパリでピカソ美術館等、歩き回り、懲りもせず再度、例の観覧車に乗り、ひたすら美味しい物を食べて、買って、十分過ぎる栄養補給。
日本に帰国して以来、身近だったフランスはとっても遠い国と化してしまった。なかなか行かれるチャンスは無くなってしまったけど、美味しいフランス料理とお洒落な雑貨、それに名画に会いに又ふらりと行きたいな・・・。